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奈良地方裁判所 昭和30年(行)4号 判決

原告 小西純一

被告 葛城税務署長

訴訟代理人 木村傑 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は原告の昭和二十七年度分総所得金額に付き被告が昭和二十八年六月十日なした更正決定は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として

一、原告は呉服小売商を営み所得税法所定の青色申告をなしているものであるが、昭和二十七年度の総所得金額を金七十二万六千五百円として確定申告書を被告に提出した。ところが被告は昭和二十八年六月十日右総所得金額を金百三十一万七千七百円と更正決定したので原告は同年七月十五日被告に対し被告が価格変動準備金の設定を排斥したこと、および繰越棚卸額を以下述べる如く認定したことの不当を理由として右更正決定に対する再調査の請求をしたが被告は同年八月二十九日右請求を理由なしとして棄却した。そこで原告は同年九月二十四日右決定に付き訴外大阪国税局長に対し右同様の理由をもつて審査の請求をしたところ同訴外人は昭和二十九年十一月五日右価格変動準備金設定については原告の主張を容れ、被告のなした右再調査決定の一部を取消し、総所得金額を金百十三万四千円と決定したが右繰越棚卸額に付いては原告の主張を排斥した。

二、しかるところ先ず原告は前述の如く青色申告をしているものであるが、所得税法上青色申告にかかる所得については帳簿書類を具体的に調査し、所得の計算に誤りがあつた場合に限り更正決定をなしうるものであるところ被告は原告の帳簿書類を調査したが遂に何等の誤りをも発見することができなかつた。従つて被告は更正決定をなし得ないものであるのに之を敢てした本件処分は違法であつて取消さるべきものである。次に繰越棚卸額の認定に付いては次の如き不当がある。即ち、原告は昭和二十七年二月二日頃訴外大阪国税局長に対し昭和二十六年度の期末棚卸額を金二百二万七千七百円利益を金八十二万二千百円として事業報告書を提出したところ同月十一日同訴外人は原告の帳簿書類を厳重に調査したが何等誤りを発見しなかつた。しかるに同訴外人は何等の根拠もないのに右利益を増額し、原告をしてなかば強制的に総所得金額を金百十八万二千五百円として確定申告書を提出させた。ところで貸借対照表は収支の結果生ずる財産上の変化を示すもので損益計算書はその原因であり、又貸借対照表は事実であつて損益計算書はその事実の生ずる過程の説明であり、両者は一致不可分のものである。従つて損益計算書を修正する限り貸借対照表を修正しなければならぬ。よつて損益計算書の利益を右の如く金三十六万四百円増額すれば貸借対照表の棚卸商品額も同額だけ増加修正する必要がある。すなわち原告報告の期末棚卸商品額は金二百二万七千七百円であるから之を金二百四十一万八千九百円と訂正しなければならない。(尤も右増額によつては棚卸商品額は金二百三十八万八千円となるのみであるが、これは本件係争に直接関係のない勘定があつたからでこれを加算すれば右金二百四十一万八千九百円となる。)そしてこれが又昭和二十七年度の繰越棚卸商品額になるのであるから之を基礎として同年度の利益を計算すれば金七十二万六千五百円となるのである。然るに被告は右簿記字上の原則を無視して同年度の繰越棚卸商品額を右修正前の金二百二万七千七百円として維持し、之を基礎として同年度の利益を金百三十一万七千七百円と計算したものであるが、かかる計算方法の誤りであることは論を俟たない。而も被告が同年度の利益を右の如く計算する以上貸借対照表の資産と負債との差額も同額とならなければならず、そうするためには期末棚卸商晶額を増額して金四百四万八千五百円としなければならない。然るに昭和二十七年度の期末棚卸額は金三百六十五万七千三百円であつてこの額はすでに被告の承認しているところであり、又甲第十二号証の同年度貸借対照表も被告は厳重調査の上現実と一致していることを認めているのであつて、果して然らば貸借勘定上被告主張の利益はその測定の根拠がないものというべきであり、貸借対照表を肯定し、損益計算書を否定するという矛盾を犯すことになるのであつて、被告の右計算に基いてなした本件更正決定の違法不当であることは明白であり、二重課税を来しているものであるから速かに取消さるべきであると述べ、被告の答弁に対し、被告は損益計算書の利益を増額すれば貸借対照表の棚卸商品額を増額訂正しなければならぬということは会計学の理論上どこからも導きえないと主張するが、先ず利益が過大評価されれば資産を過大評価せざるを得ないのであるが、貸借対照表の各科目中店舗、什器は固定資産であつて、固定資産は減価償却によつて評価する以外増額して過大評価することは許されない。また現金、預金が評価しえないのは明らかであるし出資金、仮払金、売掛金、および店主勘定は何れも債権であるが会計学上債権は全部滞りなく回収できると考えることは危険とされているから評価するなら減額すべきで増額は許されない。かく見てくると最後に残るのは商品のみであつて商品は原価は不変であるが時価は日日浮動しているから評価の範囲の最も広いものである。次に簿記学上よりみれば商品以外の右各科目は純粋な資産勘定であるから之を増額しようとして借方に記入すれば必ず貸方に同額の資産または負債の記入を必要とし、如何に操作しても結局科目の変更をみるのみで資産の増減はありえないから此等の資産は増額の途がない。然るに商品の増額にはその相手勘定となるものは現金、預金の資産、または買掛金、支払手形等の負債であるが又損益をも相手勘定となしうるのであるから損益計算書の差額の利益を相手勘定として増額しうるのである。何故商品に限りかかることが許されるかといえば商品勘定は混合勘定であるからである。更に商品以外の右各科目は強いて増額すれば帳簿は真実性を失い、しかも年々これを継承することによつて回復しよれとすれば再び不正記入しなければならないが商品は真実に反して増額しても次期の決算で棚卸をすれば容易に真実に復帰しうるのであつて、以上の諸事由から商品を増額することが唯一の方法となると述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因中第一項、及び原告が昭和二十七年二月二日頃訴外大阪国税局長に対し昭和二十六年度の期末棚卸額を金二百二万七千七百円、利益を金八十二万二千百円、として事業報告書を提出したこと、原告は同月十一日右訴外人に対し同年度の総所得金額を金百十八万二千五百円として確定申告書を提出したこと、原告は昭和二十七年度の繰越棚卸額を金二百四十一万八千九百円とし、被告は之を金二百二万七千七百円として同年度の総所得金額の計算をなしたことは何れも之を認めるが、その余の事実は総て争う。昭和二十六年度分の総所得金額については訴外大阪国税局長は原告の記帳に別途定期預金に関する記帳洩れ、及び造作勘定の一部支出の記帳洩れ等が認められたので此は売上金額の計上洩れに基くものと認定し、その旨原告に説明したところ、原告は之を了承して同年度分総所得金額を金百十八万二千五百円として確定申告書を同訴外人に提出したものである。而して同年度期末棚卸商品額は最初原告が報告した如く金二百二万七千七百円であり、従つて昭和二十七年度の繰越棚卸商品額も同額であるべきところ原告は之を金二百四十一万八千九百円として同年度の所得計算をしていたので被告は本件更正決定をなしたものであつて右処分に何等違法の点はない。原告は損益計算書を訂正するならば当然貸借対照表の期末棚卸商品額を訂正する必要があると主張するけれども此は原告の独断であつて会計学の理論上どこからも導きえない主張である。かえつて原告も主張する如く原告昭和二十六年度の事業報告書の棚卸商品額は金二百二万七千七百円であつてこれこそ原告自らの報告にかかるものであるから真を伝えるものと云うべく、従つて、之が変更は不可能のものである。損益計算書を訂正したため貸借対照表を訂正するには須く損益計算書訂正の経緯、即ち所得変動の内容を検討しその実体を正しく反映するよう之をなすべくその所得変動と因果関係のある科目を変更し真実に合致した記帳をなすべきものであると述べた。

〈立証 省略〉

理由

原告が呉服小売商を営み所得税法所定の青色申告をしていること、原告は昭和二十七年二月二日頃訴外大阪国税局長に対し昭和二十六年度の期末棚卸額を金二百二万七千七百円、利益を金八十二万二千百円として事業報告書を提出したこと、原告は同月十一日同年度の総所得金額を金百十八万二千五百円として確定申告書を右訴外人に提出したこと、原告は昭和二十七年度の繰越棚卸額を金二百四十一万八千九百円として同年度の総所得金額を金七十二万六千五百円と算出し、確定申告書を被告に提出したこと、被告は昭和二十八年六月十日右繰越棚卸額を金二百二万七千七百円として右総所得金額を金百三十一万七千七百円と更正決定したので原告は同年七月十五日被告に対し被告が価格変動準備金の設定を排斥したこと、及び繰越棚卸額を右の如く認定したことの不当を理由として右更正決定に対する再調査の請求をしたが、被告は同年八月二十九日右請求を理由なしとして棄却したこと、原告は同年九月二十四日右決定に付き訴外大阪国税局長に対し右同様の理由で審査の請求をしたところ同訴外人は昭和二十九年十一月五日右価格変動準備金に付いては原告の主張を容れ、被告のなした右再調査決定の一部を取消し、総所得金額を金百十三万四千円と決定したが、右棚卸額に付いては原告の主張を排斥したことは何れも当事者間に争いがない。しかるところ先ず原告は青色申告者であり、その帳簿書類上所得の計算には何等の誤りもないのであるから本件更正決定は違法であるとの原告の主張に付いては前記争いのない事実によれば原告は被告に対し昭和二十七年度の繰越棚卸額を金二百四十一万八千九百円として総所得金額を計算し、確定申告書を提出したところ被告は帳簿書類上右繰越棚卸額は金二百二万七千七百円で原告の右所得計算には誤りがあると認定したものであつて青色申告でもかゝる場合には更正決定をなしうることは所得税法上明らかに容認されているのであるから此点に関する原告の主張には理由がない。次に原告は訴外大阪国税局長に対し昭和二十六年度の期末棚卸額を金二百二万七千七百円、総所得金額を金八十二万二千百円として事業報告書を提出したところ同訴外人は原告をしてなかば強制的に右総所得金額を金百十八万二千五百円に増額した確定申告をなさしめたが、右棚卸額、従つて又昭和二十七年度の繰越棚卸額もそれ丈増額する必要があり、その額は金二百四十一万八千九百円となると主張するに付き案ずるに、何れも成立に争いのない乙第一号証紙の一、二、証人中弥好美の証言によれば昭和二十七年二月十一日訴外中弥好美他大阪国税局の事務官等が原告の肩書店舗に至り、備付の帳簿書類を調査したところ原告の記帳には売上金額の記帳洩れがあり、利益が過少に計上されていたので之を原告に説明したところ原告も之を認め昭和二十六年度の売上金額が金八百四十六万四千四百円、経費が金五十一万三千四百円であることを承認し、総所得金額を金百十八万二千五百円として確定申告書を提出したので右訴外人等は原告に対し甲第六号証の受領証、及び甲第七号証の申告書の写を交付し、同月十六日右調査の結果を右乙第一号証の一、二に作成し、上司の決裁を了したものであることを認めうる。右認定に反する甲第九号証、及び証人小西宗四郎の証言、並びに原告本人尋問の結果の各一部は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。尤も右甲第七号証の申告書の写によれば総所得金額のみ記入し、総収入金額及び必要経費の記入欄は空白であつて之のみによつては総所得金額算出の経過はわからないが右認定の如き原告の申告書提出の経緯からすれば当然右総所得金額は算出されるのであるから之を以つて右訴外税務当局が原告をして不法に所得金額を増額させたものと解すべき資料とはなしえない。ところで総所得金額を右の如く増額すれば貸借対照表も之に応じて訂正すべきことは原告所論の通りであるが、さて然らば貸借対照表上如何なる科目を訂正すべきかと言えば右認定の通り総所得金額の増加は原告自身も認めたところで何等架空の利益が計上されたのではないから之と因果関係のある科目がある筈であつて之を訂正増額すべきことは論を俟たないが、原告は増額すべき科目は商品以外ではないとし、此の主張を維持するため、先ず利益が過大評価されゝば資産も過大評価せざるをえないのであるが、貸借対照表の各科目中店舗、什器の固定資産、現金、預金、或は出資金、仮払金、売掛金及び店主勘定の債権は増額出来ないから最後に残る商品のみが増額の対象となるべきであると主張し、或は簿記学上商品以外の各科目は純枠な資産勘定であるから如何様に操作しても結局は科目の変更をみるのみで増額の方法はないけれども商品は混合勘定の場合もあるから商品に限つて増額は可能であると云い、更には商品以外の科目は強いて増額すれば帳簿は真実性を失い而も年々之が継承されるが商品は次期の決算で棚卸すれば容易に真実に復帰しうると云うが此等は何れも昭和二十六年度の総所得金額の増額は架空の利益計上に基くものであるとの前提の下における立論であるから前述の如く除外利益が認められる以上右主張は理由がない、かえつて前叙の通り原告の昭和二十六年度の事業報告書の棚卸商品額金二百二万七千七百円であつて此は原告の進んで報告したものであり、又証人小西宗四郎の証言、及び原告本人尋問の結果の各一部によれば右棚卸商品額に誤りはないのであるから之が増額は不可能のものと云わなければならず、変更すべきは商品以外の前記因果関係のある科目でなければならない。而して昭和二十六年度の期末の右棚卸商品額が又昭和二十七年度の当初の繰越棚卸商品額となるのであるから同年度の利益は之を基礎として算出すべく、而も被告はかかる方法に従つて原告の同年度の総所得金額を算出して本件更正決定をなしたのであるから本件更正決定には原告主張の如き違法の点はない。なお原告は同年度の所得を増額すれば貸借対照表の棚卸商品額も増額しなければならず、然も右棚卸商品額及び貸借対照表は被告の承認しているところであるから貸借対照表を肯定し、損益計算書を否定するという矛盾を来すものであると主張するが、右棚卸商品額を増額しなければならぬとの主張の独断であることは前段説示の通りであり、又被告が右貸借対照表を肯認したとの点は之を認めるに足るべき何等の証拠もない。たゞ、甲第一号証の更正通知書によれば被告は繰越棚卸商品額及び価格変動準備金を否認し、他の科目に付いては、何等触れるところはないが、之を以て被告が積極的に他の科目をすべて肯認したものと解することは出来ない。してみると原告の本訴請求は理由がないこと明らかであるから之を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小林定雄 福井秀夫 鈴木弘)

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